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学習の高速道路



 「“学習の高速道路”の渋滞を、経験を活かして抜け出していく」

本日、KADOKAWA・DWANGOがネット時代の新しい高校設立を目指しているという発表がありました。そこで今回ドワンゴとcakesの合同で、各界の著名人に、教育、学習についてインタビューをおこないました。トップバッターで登場するのは、日本が誇る稀代の天才、将棋棋士の羽生善治さんです。羽生さんにとっての「勉強」とは? 将棋の強さとは? 有名な「学習の高速道路論」でいう渋滞のその先にあるものとは、いったいなんなのでしょうか。

パソコンで検索した棋譜を、わざわざプリントアウトする理由

 将棋棋士というのは、プロになってからもずっと将棋の勉強を続けていかれる職業だと思います。具体的に、現在はどういうふうに勉強をされているんですか?

羽生善治(以下、羽生) ごく普通のことですよ。棋譜を見たり、自分の対局を振り返って実戦では現れなかった変化を検証したり、課題となる局面について考えたり、詰将棋を解いたり。昔から、やっていることは変わらないですね。

それはお一人で勉強するんですか?

羽生 1人でやる場合もありますし、研究会として、数名の棋士で集まってやることもあります。

 10年ほど前に羽生さんに取材させていただいたとき、どのようにコンピュータを活用して研究しているのかをうかがったことがあります。その時は、棋譜データベースを検索し、その棋譜をプリントアウトして、パソコンの電源を切ってから将棋盤に並べる、とおっしゃっていました。

羽生 ああ、そうですね。今でもそうしています。

 おお、今もそうなんですね。そのとき、すごく印象的だったのですが、電源まで切るんですよね。

羽生 はい。そのほうが、盤に集中できるからですね。

 それと、パソコンの画面上で操作する手もあると思うんですが、プリントアウトして盤に駒を並べるんですよね。

羽生 私が古いタイプの人間なのかもしれないのですが、パソコンの画面で見るだけだと、すぐ忘れてしまうんですよ。ちゃんと覚えておかなければいけないものは、手で並べるようにしているんです。視覚だけに頼ってはいけない、と思っています。というのも、やはり大事な局面は、うろ覚えだとひどい目にあうんです(笑)。歩の位置をひとつ間違って覚えているだけで、致命傷になる。正確に、40個の駒すべての位置をおぼえておかなければいけない。そういう局面は、並べて覚えたほうがいいですね。

 そういう過去の実戦の研究というのは、記憶力に関わるものですよね。将棋の強さ、すなわち棋力というものには、記憶力以外にも、先の手を読む力、局面を評価する力、新しい手を思いつく力、などほかにも要素があると思いますが、やはり記憶力が大事だと思われますか?

羽生 記憶力がものすごくよくて、過去の棋譜や定跡を完璧に覚えている人がいたら、間違いなくその人は強いでしょう。でも、そういうことをまったく覚えていないのに強い人もいるんですよ。出たとこ勝負というか、センスの良さみたいなものでどんどん勝つ人もいる。そこが将棋のおもしろいところだと思います。

 たしかに。渡辺明棋王は、記憶力とは違うところで勝負しているように見えます。

羽生 渡辺さんは、見切りの良さがすごいですよね。ここは考えても無駄だからこの手を指す、という割り切りに長けている。難しい局面であるほど、なかなかそういうふうには考えられません。難しいとつい長時間考えたくなるし、ミスしたくないと思ってしまう。でも、渡辺さんはさっと指して、それが悪い手にならない。これはある種特別な能力だなと思います。

 心が強いのでしょうか。

羽生 どうしてそういうことができるのかはわかりません(笑)。彼はそういうスタイルなんですよね。

将棋が強くなるためには、「ダメな手」を見極めよ

 羽生さんは、2006年に出版された梅田望夫さんの『ウェブ進化論』のなかで、「ITとインターネットの進化によって、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれた。でも、高速道路を走り抜けた先で、大渋滞が起きている」とおっしゃっていました。渡辺さんのその「割り切る力」は、渋滞を抜けるための一つの方法なのでしょうか。

羽生 聞いたわけではないのでわかりませんが、そのまま高速道路に乗って行くのか、一般道に降りて違う道を行くのか、みんな選択を迫られていると思います。これは、どの世界でも起きている問題ですよね。だからこそ、いかにして個性を出すか、自分なりのスタイルを築きあげるのか、ということを考えざるを得ない時代になっているのでしょう。

 羽生さんは、どういう方法で渋滞を抜けだそうと考えていらっしゃるのでしょうか?

羽生 私はもう、プロになって30年がたちました。ずいぶん長い年月、棋士としてやってきましたので、今はその経験を活かして差をつくるということを考えています。

 少し意外です。羽生さんは、これまで常識にとらわれない新しい手をたくさん生み出してこられました。経験というのは、そういった新しい発想の邪魔になることもあるのかと思ったのですが……。

羽生 もちろんそうです。足かせになるケースもいっぱいあります。だから、経験をそのまま当てはめることはしません。一工夫して、具体的に実戦に活かせるものに変えていく。例えば、対局で経験したことのある局面を、類似した局面での判断に利用したり、考え方だけを抽出してみたりするんです。あとは、こうやったらうまくいく、ではなくて、こうやったらダメだったということを覚えておきます。そうすれば、回り道をしなくてすむからです。

 ダメだった局面のほうが大事なのですか。

羽生 私は、将棋が強くなるために一番大事なことは「ダメな手がわかること」だと思います。

 おお。一番がそれですか!

羽生 これはダメな選択肢、やっちゃいけない手だ、ということが瞬間的にわかるかどうか。これはすごく大事なことです。なぜかというと、いくらたくさんの手が読めても、そのなかにダメな手がひとつ入っていると、すべてが台なしになってしまうからです。

 なるほど、何十手も先を読むわけで、ダメな手がまじるとその先がすべて意味のないものになってしまうのか。

羽生 はい。でもダメな手を瞬時に排除することができれば、効率よく深堀りして読み進めることができます。

 そのダメな手を見極める力は、どうやって鍛えればよいのでしょうか?

羽生 実戦を重ねること。あとは、戦い方、戦型のツボみたいなものがあるので、それをいかに修得するかですね。それにはやはり練習を繰り返すことと、その戦型に精通している人の棋譜を調べることも大事です。

 棋士として成果を出せるかどうか、ほかに大事なことはありますか?

羽生 あとは、その人の個性と、流行とのマッチングの問題もあると思います。ファッションと同じで、将棋にも戦い方の流行があるんです。その流行と自分のスタイルが近いと活躍しやすい。でも、流行は移ろっていくので、あるときにマッチングしていたからといって、ずっとそれが続くわけではない。そこが難しいですよね。

 ある戦型で一世を風靡したとしても、流行が終わってしまうと勝てなくなる。たしかに、そういうことってありますね。

羽生 誰もその戦型を指さなくなってしまうと、使いたくても使えないですからね。また、流行はそれぞれ鉱脈の深さが違うんですよ。これは1年たったら絶対に廃れているだろうな、という形もあれば、これから10年先のメインになるだろう、というものもありますからね。その深さをいかに見極めるか、というのも重要なことだと思います。

 なるほど。たしかに、中飛車(戦法の一つ)があんなに伸びるとは思いませんでした。

羽生 あれは、棋士の誰も思っていませんでした(笑)。そういうふうに、やってみたらけっこう鉱脈が深かった、ということもあるんですよね。その深さはいつでも事前に見極められるわけではないので、常に思考を修正して、考え続けていくことが必要なんだと思います。

弱点を見せないためのオールラウンダー

 先ほど、高速道路の渋滞を抜け出すには、自分なりのスタイルを築くことが大事だ、というお話がありました。でも、将棋はあらゆる局面で正解の手があるわけですよね。

羽生 究極的にはそうですね。

 みんながそれを追求していくと、個人のスタイルというものは存在しなくなるのでは、と思ったのですが、いかがでしょうか。

羽生 私はこんなふうに考えています。一つの局面を見て、ここでどんな手を指しますか? と棋士100人に聞けば、せいぜい3?5つくらいの手しか出てこないでしょう。それは、先ほどおっしゃったように、正解を目指しているから。でも、一局の中でその選択を何十回としていくわけですよね。その積み重ねとして、攻撃的、守備的、居飛車党、振り飛車党……そういった傾向が出てくる。小さな選択が積もり積もったものとして、スタイルはやはり存在すると思っています。

 羽生さんは、そういった偏りがほとんどなく、すべての戦型を指されますよね。

羽生 あ、全部は指してないんですよ。実は。棋士になった最初の頃は、全部やろうという気持ちで指していたんですけどね。でも、情報の量があまりにも増えすぎてしまって、いまはもう全部の戦型を指すということはできない。これは、どんな棋士にも不可能だと思います。今はいろいろやってみて、ある程度、やるものとやらないものの区別をつけるようにしています。

 ただ、羽生さんが活躍されて以降、いろいろな戦型を指す棋士は増えましたよね。

羽生 それはそうかもしれません。あれは、序盤の戦術上の問題もあるんです。「これは指さない」ということがわかると、そこにつけ込まれちゃいますから(笑)。フォークボールは絶対に振らないバッターだと思われたら、フォークボールばかり投げられてしまうでしょう?

 たしかに、そうですね(笑)。

羽生 現代の将棋では、あれもこれもできます、という姿勢を見せておかないと、作戦の幅が広がらないとか、自分の得意な形に持ち込めないということがあります。実戦で指すことがないとしても、「この形にも対応できます」という姿勢を見せておくことはとても大事なんです。



2015/7/9

転載元:cakes -ネットが変える新しい教育-





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