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谷川浩司インタビュー ~将棋の魅力について
―まずは将棋との出会いを教えてください。
「私は二人兄弟で5歳上の兄がいまして、外で遊ぶよりも家の中で遊ぶことが多かったのですね。トランプだとかゲームをしていても、どうしても勝った負けたでケンカになってしまう。そこで父親が、たまたま将棋が頭に浮かんだのでしょうね。将棋盤と駒を買ってきて、二人で仲良く遊ぶようにと与えられたのがきっかけです」
―お兄さんのほうが年上なので最初は勝てなかったと思いますが、負けて悔しい思いをしたことなどはありますか?
「仲良くやるようにということで将棋だったのですけど、ケンカは余計にひどくなってし
まいましたね(笑)。その頃の年齢の5歳の差は非常に大きいのですが、それでも3~4回に1回は勝てたのですね。兄がわざと負けてくれていたのかもしれないですけど、時々勝てるというのがすごく嬉しくて続けていけたということがありますね」
―本格的にやり始めたのはいつから?
「小学校2年生の時から、今の師匠である若松七段の将棋教室に土曜日曜と通うようにな
りました。プロの先生につくということで、基本が学べるようになった。やはりそれが大きかったと思います。当時は今のように将棋を指す子供はまだ多くなかったんですね。たとえば神戸で大会があって200人、300人参加しても、子供は兄と私だけみたいな感じでした。そのなかでも神戸では新聞で記事が出たりして知られる存在にはなっていたのですが、ただ全国的に見てどうかということがあったので、小学校3年生の夏休みに東京の大会に出場しました。そこで小学生の部で優勝することができて、その頃からプロ棋士になりたいと思うようになりましたね」
―そういうきっかけがあったわけですね。では対局のことをお聞きしたいのですが、どんなことを考えて指しているのですか?
「公式戦の対局もいろいろあって、持ち時間が短い、たとえばNHKの対局ですと、1時間半ぐらいで終わりますから、そういう時は最初から最後まで集中を切らさないという感じですね。逆に持ち時間が5時間、6時間の対局ですと、相手もそれだけ持ち時間がありますから一日がかりになります。その間には食事の休憩もありますので、うまく集中する時間とリラックスする時間を繰り返しながら最後まで息切れしないようにという感じです」
―対局中のお食事はいつも決まっているものなのでしょうか?
「将棋会館の対局ですと、外に食べに行く人もいれば出前をとる人もいます。私自身はあ
んまり食事のことで考えたくないので、だいたい食べるものは決まっていますね」
―何を召し上がるのですか?
「昼は麺類とご飯もののセットですね。前の日にしっかり食べて対局中はなるべく消化の
いいものを食べるようにしています。夜遅くなると少しお腹が減ることもありますので、
チョコレートくらいであれば相手の方に失礼にならない感じでつまめるので準備はしてい
ます。座っているだけですけど普段の生活よりもお腹が減るんですよ。頭を使うっていう
のはそういうことなのだなと思います」
―対局の前日は食事も含めてコンディション作りで気を付けることはありますか?
「前の日は肉類を食べることが多いですね。あとは睡眠時間も大事なのでわりと早く休む
ようにしています。事前の準備もいろいろしていますね。棋譜のデータがパソコンの中に
全部ありますので、お互いがお互いのことを研究できますからね。相手の最近の棋譜を調べたりすることで、技術的にも役に立ちますし、精神的にも自分はこれだけの準備をした
んだっていう裏付けがあれば不安なく対局に臨めます。ただ、あまりデータにこだわりす
ぎてしまうと新しい世界に踏み出していけないので。研究するに越したことはないのです
けど、盤の前に座ったら一旦横に置いておいて、まっさらな目で将棋盤を見るようにでき
ればそれが一番理想なのかなと思いますね」
―将棋は「脳のスポーツ」という言われ方もしますが、メンタル面などでほかのスポーツ選手が参考になることはありますか?
「よくオリンピック選手の方が『楽しみたい』という言葉を使いますよね。試合の結果が悪かった時に、その言葉が批判の対象になることがありますが、私も同じ勝負の世界に生きていてその気持ちってよくわかるんですね」
―どういうことでしょうか?
「自分を追い込んで苦しい状況で力を出せる人もいますけど、そういう人は少数派だと思
うのです。やっぱり楽しむ気持ちで臨んだほうが力は出るという人のほうが圧倒的に多い
と思うんですよね。それから、楽しむ、遊ぶ気持ちというのは絶対に必要だと思います。以前、『名人危所に遊ぶ』という言葉を書いたことがあります。これは松尾芭蕉の言葉とも、その弟子の向井去来の言葉とも言われているのですが、名人、達人と言われる人は、自分だけの世界というか、基本から離れて新しい世界に飛び込んでいくと。その時でも遊ぶ、楽しむ気持ちを忘れないということなのです。
武道の世界で『守破離』という言葉がありますね。初心のうちは基本を守って、ある程度のレベルになったら破る。そして最後は離れていく。ですからどんな世界でも一流の人は基本から離れるのですね。離れるということは楽しむということにもつながると思います。楽しむというのは、いろんな試行錯誤をして、その結果楽しむという境地にたどり着いたわけですからね」
―言葉の表面だけで楽しむというのは「楽をしている」と受け取る人もいるけど、そんな
簡単なことではないのですね。
「そうです。アマチュアの方が楽しくやろうというのとは違いますよね。ですから一流の
アスリートの方が『楽しむ』という言葉を使って批判をされると、違うんじゃないかな
と思うこともあります」
―深いですね。さて将棋には竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖と7つのタイト
ルがありますね。
「もちろん、すべてのタイトルを目指しているのですが、そのうちのトップの二つが竜王と名人です。今のタイトル戦で一番序列が高いのが竜王です」
―どういった違いがあるのでしょうか?
「将棋の棋士は江戸時代の初期に徳川家康公が名人を認めたというふうに言われていま
すので、400年以上の歴史があるんです。名人という言葉は402年前からあると。そういう
歴史と伝統があるのが名人戦ですね」
―名人戦はA級棋士しか挑戦資格がないのですよね?
「そうです。四段からが一人前の棋士なのですが、そこから五、六、七、八と段位が上
がっていって、A級八段にならないと名人戦の挑戦者になるチャンスがないのです。順位
戦は1年1期のペースで行われるので、名人になるには最短でも5年かかるんです」
―そう考えると、谷川会長が21歳で名人になったのはすごいことですね。
「私の場合は順位戦に限ってはほぼ毎年上がっていけましたからね。竜王戦も実力に応
じて1組から6組までクラスがわかれているのですが、すべてトーナメント戦なんです。
(一番上位の)1組からは5人本戦に出られて、(一番下位の)6組からも優勝すれば一人だけ本戦に出られるのです。ですから可能性は低いですけど、新四段でもチャンスがあるということですね。また、竜王戦の場合はアマチュアの方とか、女流棋士の枠もいくつかあるので、そういうチャンスもあります」
―違いがわかると見る側はより興味がわきますね。将棋の駒はいろいろな動き方をしま
す、好きな駒ってありますか?
「角と桂馬ですね。角も桂馬もナナメだったり、飛び越したりということで、使い方によって非常に大きな威力を発揮します。でも下手をすると歩で取られてしまうという面白さもあります。やっぱり好きな駒を使う展開になることが多いんですよね。駒の使用頻度の統計を取ったら、私は角や桂馬を人より多く動かしていると思いますよ」
―将棋連盟の会長として、普及、発展について考えていることを教えてください。
「昨年はサッカースタジアムでコラボ企画をやったのですが、子供の将棋大会などでいつ
も話していることがあります。好きなこと、得意なことを見つけてくださいと。頭を使うことと体を使うこと、一つずつ見つけてくださいと言うようにしています。ですからスポーツの世界とコラボすることで、スポーツが好きな子供には将棋のような頭を使うゲームに触れてほしいですし、逆に将棋ファンの子供たちには体を動かすことをしてほしいなと思っています」
―将棋は難しいイメージもありますが、初心者でも楽しめる方法ってありますか?
「おっしゃるように将棋って少し難しいゲームなんですよね。ルールを覚えてすぐに将棋
を指してみようとすると難しいので、一手詰めや三手詰めといった簡単な詰将棋をやるの
がいいと思います。一手詰めというのは一つ駒を動かせばそれで詰むというもので、三手
詰めというのは、何か指して相手が逃げて三手目で詰ませるというものです。最初は一手
詰めの詰将棋をどんどん解いていくことで、駒の動かし方やルールを確認しながら、相手
の玉を詰ませるということの面白さがわかっていくといいと思いますね。
それより以前の段階ですと、『どうぶつしょうぎ』という将棋のミニチュア版みたいなものもありますので、そういうところからやってこういうボードゲームも面白いなって思ってもらえたら、将棋に進むというやり方もあると思います」
―では最後になりますが、谷川会長にとって将棋の一番の魅力とはなんでしょうか?
「将棋の面白さは子供の頃から自分が強くなっていくにしたがって少しずつ変わってい
きました。はじめの頃は勝ち負けがはっきりつくことが面白かった。そこから有段者に
なっていくにしたがって自分の思い通りに駒を動かしていける面白さになって、プロに
なってからは、自分が強くなればなるほど将棋の奥の深さがわかってくるというか、強く
なればなるほどわからなくなるというところですかね(笑)。ですから若い頃のほうが将
棋をわかったようなつもりでいましたけど、段々わからなくなっていくような感じです」
―どこまでいっても到達点がないような面白さですか。
「今はコンピュータとの対局、電王戦が行われていますが残念ながらプロ棋士が苦戦しています。今回の電王戦に出場しているソフトは、1秒間に300万手ぐらい読むらしいんですよね」
―300万手!
「そういうパソコンと、プロ棋士という一人の人間が互角に戦うわけですから、逆に考え
ればすごいことなのかなと思いますね。限りはあるのでしょうけど、それだけ将棋という
ゲームは無限に近いものなのだと思います」―想像できない世界ですね。
「昔、あるコンピュータの関係者が将棋というゲームの可能性は、10の220乗だと試算さ
れました。将棋が解明されることはないでしょうね」
「自分が強くなればなるほど将棋がわからなくなるのが面白い」
-了-
2014/06/02